全米ろう者協会(NAD)は、アメリカにおけるろう者および難聴者のための最も重要な市民権団体です。その主な目的は、アメリカのろう者コミュニティの市民権、人権、言語権を保護・促進することです。ろう者の権利、文化、アクセシビリティが現代にどのように発展してきたかを理解するには、NADを知ることが不可欠です。この総合ガイドでは、組織の歴史、コミュニティ向けの主なサービス、アメリカの法律を変えた重要な提唱活動、そしてそのリソースの活用方法について説明します。NADを単なる組織としてではなく、自立・自己決定の理念に基づく積極的な運動として捉えます。
エンパワメントの遺産

NADの現在の活動を理解するには、その創設の背景を見る必要があります。この組織は偶然に生まれたのではなく、ろう者の言語と文化に対する直接的な脅威に対応して設立されました。この強さの歴史が現在の使命を駆動し、アメリカのろう者コミュニティの代表的な存在としての地位を築いています。
1880年の創設理念
1880年、オハイオ州シンシナティでろう者のリーダーたちが集まり、新しい組織を立ち上げました。これはろう者の歴史における重要な瞬間です。当時の主流教育哲学であったオーラリズムは、学校での手話の使用を禁止し、ろう児に話すことや読み唇を教えることを重視していました。この運動はアメリカ手話(ASL)の存在自体を脅かしました。NADの創設者たち(初代会長ロバート・P・マクレガーを含む)は、この脅威に対抗し、ろう者が自らの言語を使う権利と自身の未来をコントロールする権利を守るために協会を設立しました。アメリカ最古のろう者主導の市民権団体として、NADの遺産は言語と文化の保護というこの原点の闘いに根ざしています。
永続する使命
1880年の精神は現在のNADの使命と指針に息づいており、しばしば「私たち抜きに私たちのことは決めないで」という言葉で要約されます。この原則は、ろう者の生活に関わるすべての決定、政策、議論はろう者自身が主導し、情報を提供しなければならないことを意味します。組織はそれを確実にするために、ろう者が率いる理事会とスタッフで構成され、コミュニティの優先課題を推進しています。NADの使命は、アメリカのろう者の市民権・人権・言語権を促進することであり、法廷闘争や立法の提唱からろう文化の祝福と振興まで幅広く含んでいます。
主要なサービスとプログラム
NADは重要な法的・政治的提唱活動で知られていますが、その活動はコミュニティ内にも深く根ざしており、多彩なサービスとプログラムを提供しています。これらの取り組みは、個々人のエンパワメント、リーダーシップ育成、そしてろう者が人生のあらゆる段階で利用できる重要なリソースの提供を目的としています。これらはNADがより強く、つながりのあるコミュニティを築くことにコミットしていることの具体的な表れです。
重要なプログラム分野
NADのプログラムは多岐にわたり、全国のろう者コミュニティのさまざまなニーズに対応しています。
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若者のリーダーシップとエンパワメント:次世代への投資に力を入れています。隔年開催のYouth Leadership Camp(YLC)は、ろう・難聴の高校生に対して集中的な2週間のトレーニングを提供し、リーダーシップスキル、自信、強いアイデンティティ意識を育みます。Junior National Association of the Deaf(Jr. NAD)は全国の学校に支部を設立し、学生たちがリーダーシップを発揮し、コミュニティ奉仕に参加し、自身と仲間のために声を上げる場を提供しています。
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政策・法的提唱:組織の中枢として、社会システム全体の変革に注力しています。NADの法務チームと政策専門家は連邦レベルで活動し、ろう者コミュニティに影響を与える法律や規則の策定・改正を支援します。差別と闘い、雇用から医療まであらゆる生活領域でろう者の権利が守られるよう取り組んでいます。
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ASLとろう文化の保存:NADはアメリカ手話を完全で自然な言語として強く推進しています。教育におけるASL/英語バイリンガリズムの環境づくりを提唱し、両言語の流暢さがもたらす精神的・文化的利益を認識しています。ろう文化、歴史、芸術をアメリカ文化の価値ある一部として積極的に保存する活動も行っています。
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認証・認定:高い品質と専門性を保証するために、NADは認証プログラムを運営しています。ASLインストラクターやろう者通訳者の認証を含み、これらの専門基準の設定・維持により、効果的なコミュニケーションとアクセシビリティに不可欠な高品質な言語サービスと指導を提供しています。
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情報・リソース:NADのウェブサイトは情報の中心的かつ信頼できるソースです。医療現場での効果的なコミュニケーションから法律上の権利にいたるまで、多様なトピックに関する資料、ポジションペーパー、ガイドを豊富に備えています。ろう者本人、家族、教育者、雇用者にとって、これらのリソースはよくある質問や課題への明快で信頼できる回答を提供します。
変革の原動力
NADの最大の影響力は、断固たる法的・政策的提唱活動にあります。NADは国家を動かす強力な変革の力として二重の戦略を展開しています。ひとつは、国を統治する法律を形成すること、もうひとつは、その法律を適用して個人の権利を守ることです。この両面のアプローチは、障壁を取り除き、より利用しやすく公平な社会を作る上で重要な役割を果たしてきました。
政策と法律の形成
NADはワシントンD.C.で活動する積極的かつ尊敬される存在です。政策専門家は議会や連邦機関と直接連携し、ろう者コミュニティに利益をもたらす法律の草案作成や修正、支援を行います。彼らの専門知識は、新たな法律がろう者のコミュニケーションニーズや市民権を考慮することを確実にします。この積極的な取り組みはアメリカの法律に恒久的な影響を残しました。NADの提唱で影響を受けた主な立法勝利は以下の通りです:
- 障害者法(ADA):NADは1990年のこの画期的な市民権法成立に向けた連合の重要メンバーであり、雇用、公的サービス、公共施設における差別禁止とアクセシビリティ義務を規定しています。
- テレビデコーダ回路法:1990年制定のこの法律は、ほとんどの新型テレビに字幕デコーダ技術の搭載を義務づけ、何百万人ものろう者・難聴者のテレビ利用を可能にしました。
- 21世紀コミュニケーション・ビデオアクセシビリティ法(CVAA):2010年成立。デジタル時代のアクセシビリティを推進する法律で、NADはインターネット動画や通信、携帯端末におけるクローズドキャプションやリアルタイム文字起こしといった機能の普及を推進しました。
法による権利の実現

法律が制定されても、それを適切に実施し権利を守ることが重要です。NADの法務・提唱センターはこの分野で強力な役割を担っています。差別と闘い、先例を生む可能性のある訴訟やアミカスブリーフ(裁判所への意見書)を提出しています。この法的活動は社会全般の差別問題に対応しています。例えば、就職面接で雇用主が手話通訳の手配を拒否し採用を拒む場合、NADの法務チームが介入し、通訳費用が適格な候補者を不採用にする正当な理由にはならないことを法的に裏付けます。主な法的対応分野には雇用差別、病院における適格な通訳の未提供、スタジアムや劇場などの公共施設での字幕未提供などがあります。
歴史に残る勝利
NADの歴史は、アメリカのろう者の権利とアクセシビリティの風景を根本的に変えた画期的な勝利によって彩られています。これらは単なる法律上の成果ではなく、数百万の人々の生活に直接的かつ前向きな変化をもたらしたものです。これらの事例を紐解くことで、組織の決意と戦略的ビジョンが明らかになります。
ケーススタディ:字幕利用のアクセス改善
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問題:長年にわたり、多くの公共の場は音声中心であり、アクセシビリティが不十分でした。アメリカ文化の象徴である映画館は字幕を提供しておらず、動画コンテンツがオンラインに移行する中、Netflix等のストリーミングサービスは字幕なしで開始され、ろう者コミュニティが急速に成長する娯楽と情報から排除されていました。
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闘い:NADは複数の側面で数十年にわたり運動を展開しました。ハリウッドのスタジオや映画館チェーンとの粘り強い交渉を行い、字幕技術の採用を促進しました。説得で十分でない場合、裁判所に訴えを起こしました。2012年にはADAに基づく効果的コミュニケーションの義務を根拠に、Netflixに対する画期的な訴訟を提起しました。
勝利:NADの法的圧力は成功しました。Netflixに対する訴訟は、同社が配信コンテンツの100%に字幕を付けることを義務付ける合意判決で終結しました。この判例はストリーミング業界全体に強力な先例を築きました。同時に、NADが司法省で行った提言により、映画館がすべてのデジタル映画上映に個人用字幕表示装置を提供することを義務付ける新しい連邦規則が生まれました。これらの勝利は、エンターテインメントとメディアへのアクセスを一変させました。
事例研究:医療アクセス
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問題点:病院の受診は誰にとってもストレスや混乱を伴う経験です。ろう者にとっては、医師や看護師と効果的にコミュニケーションが取れないことが、医療上の問題を生命に関わる危機に変えることがあります。長年にわたり、ろう者は医療現場で資格のある手話通訳者の利用を拒否されることが常態化し、家族や無資格のスタッフ、筆談に頼らざるを得ず、その結果、誤診や不適切な健康管理が生じていました。
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戦い:NADはこれを体系的な差別の重要な領域かつADAの違反と特定しました。同組織は効果的なコミュニケーションを提供しない病院や医療機関に対し、先例となる一連の訴訟を起こしました。これらの裁判は、資格のある通訳者の提供は単なる便宜ではなく、公正で安全な医療を確保するための法的義務であると主張しました。
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勝利:この戦略的な訴訟を通じて、NADは医療機関が資格ある通訳者やその他の補助具を提供し、その費用を負担する明確かつ否定しえない法的義務を確立しました。これらの裁判での勝利により、ろう者の患者安全は大きく向上し、診断を理解し、治療への同意を得て、人生の最も脆弱な瞬間に医療提供者と直接コミュニケーションが取れるようになりました。
リソースのご案内
NADの豊富な経験とリソースは全国的な闘いだけでなく、個々の課題を乗り越えるためにも活用できます。同組織は明確な情報と支援への道筋を提供し、全国有数のろう者権利擁護団体の支援のもと、自分自身で声を上げる力をコミュニティメンバーに与えています。
NADの解決策を見つける
助けを求めるべき場所を知ることが解決の第一歩です。NADはコミュニティが直面する最も一般的な問題に対応できるようリソースを体系化しています。
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職場で差別に直面している場合…
- 解決策:NADのオンライン「法務・擁護センター」をご利用ください。そこでは、Americans with Disabilities Act(ADA)に基づく権利の詳細説明、通訳者など合理的配慮を求める手順の案内、平等雇用機会委員会(EEOC)への苦情申し立て方法の情報が充実しています。
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お子さまの学校が十分な支援を提供していない場合…
- 解決策:NADの教育擁護セクションをお試しください。ここでは、お子さまの「最低制限環境での無償適切教育権(FAPE)」に関する詳しい情報、個別教育プログラム(IEP)、教育におけるASLの役割、学校区への効果的な要望方法などを学べます。
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他のろうの若者や保護者とつながりたい場合…
- 解決策:コミュニティの繋がりの機会をNADは提供しています。学生向けにはジュニアNAD支部があり、仲間と交流しリーダーシップスキルを伸ばせます。成人や家族の場合はまず、お住まいの州のNAD州協会に参加することをお勧めします。州協会は地域イベントを主催し、地域情報を共有し、貴重なコミュニティネットワークを提供します。
運動への参加
National Association of the Deafの活動はコミュニティの力によって支えられています。ろう者、ご家族、支援者、そして関係専門家の方々、それぞれが平等と利用しやすさのための継続的な闘いに意味ある形で関わり、貢献することができます。
会員になる
NADの使命を支える最も直接的な方法は会員になることです。会費は団体の擁護活動やプログラムの財政基盤となります。会員になることで、ろう者の権利向上に取り組む全国ネットワークの一員となり、重要課題の定期的な情報を受け取り、強力な集合的運動にあなたの声が加わります。
支援の方法
会員以外にも支援の方法はいくつかあります:
- 特定のキャンペーンや一般基金への寄付。
- 州協会や全国のNADイベントでのボランティア。
- NADのソーシャルメディアをフォローし、その使命や呼びかけを自身のネットワークで共有。
- ASL、ろう文化、ろう者の公民権の重要性について周囲の理解を深める。
コミュニティの柱
約150年にわたり、National Association of the Deafは単なる団体を超え、アメリカ合衆国のろう者コミュニティにとっての中心的支柱です。公民権の守護者として、言語と文化の誇り高き推進者として、個人と集団のエンパワーメントに欠かせない資源として機能しています。議会の議場から地域の教室に至るまで、NADの影響力はろう者の声が届き、その権利が尊重されることを保証しています。1880年の設立以来、NADはその遺産を継承しつつ、すべての人にとって平等と完全なアクセスが実現する未来を見据えています。